中田久美監督のプロフィールをおさらい!モデル経験や結婚についても調査

   




 

2016年、日本バレーボール史上2人目となる女性代表監督に就任した中田久美さん

選手時代は「天才セッター」、そして一般に「怖い」「厳しい」というイメージのある方だが、そんな中田監督とは実際どんな人物なのか?

バレーボールの経歴から、結婚などの私生活まで調査してみた。

 

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中田久美監督のバレーボール歴

 

プロフィール

・1965年9月3日生まれ

・東京都出身

・身長176cm

・A型

・NHK学園高校(通信制)卒業

 

バレーは中学から

 

中田久美さんがバレーボールを始めたのは、少し遅めの中学1年生。

学校のバレーボール部に入部し、2年生からは「LAエンジェルス」に二期生として入団。同チームを指導する山田重雄氏(元全日本監督)より英才教育を受ける。

中学3年生の時、史上最年少の15歳で全日本女子選抜選手となる。

現在でも「天才セッター」と冠して紹介されることの多い中田久美さんだが、意外にもセッターになったのは全日本チームに入ってから。元々のポジションはセンターだったという。

 

通信制高校時代は、山田重雄氏が監督を務める実業団「日立」に所属。

 

日本代表としての主な成績は以下。

1983年 アジア選手権優勝
1984年 ロス五輪銅メダリスト
1988年 ソウル五輪出場
1992年 バルセロナ五輪出場(日本女子バレー初となる3回の五輪出場を果たす)

 

指導者としての中田久美さん

 

選手引退後は、97年よりバレー解説者・スポーツキャスター・講演活動など様々な活動をし、2008年43歳でイタリアへ渡航

セリエA・ヴィチェンツァのコーチ、09年にはセリエA・ノヴァ―ラのアシスタントコーチを経験。

そして2011年に久光製薬スプリングスのコーチ、2012年より同チームの監督に就任、初年度に三冠(皇后杯・Vリーグ・黒鷲旗)を達成する。

久光製薬スプリングスでは、監督を務めた4シーズンでリーグ優勝3回を含め、合計9個のタイトル獲得をチームにもたらすという優れた指導手腕を発揮した。

 

中田久美さんご結婚などの私生活情報

 

結婚について

 

中田久美さんは、1992年のバルセロナ五輪後に引退(95年に再復帰するが)し、翌93年に一般男性の林隆夫さんとご結婚。

 

3年の結婚生活の後、96年に離婚。離婚理由は夫・林隆夫氏のご両親との不仲が原因だったという。子供はおらず、中田さんは現在独身である。

 

モデルとしての中田久美さん

 

176cmと長身でスタイルの良い中田久美さんは、30代で一時ファッションモデルをしていた。

そして98年に「N.93 中田久美写真集」というセミヌード(かっこいい系)写真集を出版している。

 

中田久美・代表監督の戦績

 

類稀なバレーの才能と、完璧主義で激しい一面も持っている中田久美さん。

2004年、アテネ五輪の出場権を手に入れ浮かれる女子バレー日本代表チームに「てめぇらコノヤロー!!」と喝を入れ、一瞬で選手たちを震えあがらせた”恐怖”エピソードはあまりにも有名である。

 

しかし、中田久美さんはただ単に怖い先輩・指導者ではない。

厳しい面もある一方で、基本的に普段は非常に細やかで冷静沈着、人一倍気配りのできる人である。

 

2016年、女子バレー日本代表の監督として就任した中田久美監督は、同年7月のワールドグランプリで6年ぶりにブラジルに勝利し(決勝ラウンドには残念ながら進めなかったが)、翌8月のアジア選手権では10年ぶりとなる優勝を果たすなど、すでに監督としての素晴らしい手腕を発揮している。

 

 

まとめ

 

1964年の東京オリンピック、女子バレー日本代表は金メダルを取り、世界から「東洋の魔女」と呼ばれた。

2020年の東京オリンピックで、女子バレー日本代表に金メダルはあるだろうか?

中田久美監督の率いるチームが「東洋の魔女の再来」と言われるところをぜひ見たいものである!

 

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